トピックス72 碩水寺仏教婦人会研修旅行 

 毎年行なっている研修旅行を今年は大町市の霊松寺様を訪れました。 霊松寺は応永11年に曹洞宗としては最初に信濃国で開かれた 寺院で、御開山様は實峰良秀禅師様、開基様は当時仁科郷を収めた仁科盛忠公です。 霊松寺様の詳細は霊松寺ホームページをご覧頂きたいと思います。  

 山門は嘉永5年建立(松川村観勝院)、諏訪の棟梁藤森広八の作だそうです。明治11年に松川村より霊松寺に移築され、 見事な彫刻により平成5年に長野県宝に指定された。今ではなかなか見られない茅葺の立派な山門です。山門の前には大きな オハツキイチョウがあります。秋になると真っ黄色な色鮮やかなイチョウを見ることが出来ます。

 霊松寺と碩水寺とはあることで関係があります。 霊松寺30世住職安達達淳老師との関係です。 明治維新後、新政府は萬世一系の天皇を戴く日本国は日本古来の神道を宗として、外来の宗教である仏教を排除するため明治元年に神仏分離令を発し、 3年に廃仏毀釈令を発し寺院を取り壊す運動を起こしました。
 その時、多くの仏像や経巻が壊されたといいます。 松本藩も廃仏毀釈に同意して多くの寺院が廃寺に追い込まれたと言います。 その時、達淳老師は藩の方針に反対して、謹慎を命ぜられ、軟禁状態にあったが、檀家の協力を得て、東京に密かに上京して太政官に廃仏令の非を訴えた。 その上京のおり、追手に追われながら山を越えてきたのが碩水寺だったそうです。その時、今の庫裡の三階にある隠し部屋に匿い、上京の手助けをしたそうです。 そして、何とか上京し撤回を迫ったと言います。毅然として論を張る老師に太政官も『このような立派な僧侶が居たとは』と言って同5年廃仏令が撤廃されました。 今でも隠し部屋は庫裡の改修の折も、そのまま残してありますが、三階に上る階段は消防法にのっとり、閉鎖されています。

 当日はお忙しい中を住職の伊藤泰顕老師が広い堂内を案内して下さいました。 庫裡は大きな梁と三和土、そして雄大な木造建築に皆は只々目を見はるばかりでした。 また、本堂前の廊下の上の『鳴き龍』に龍の下で手をたたくと龍が鳴くというので、一人ひとり手を叩き歓声をあげていました。

 霊松寺を後にして、大町温泉の緑翠亭 景水にてお昼を頂き、温泉につかったり、お土産を買ったりと楽しい一日が無事に終わりました。